不登校1年目。
僕たち夫婦は、必死でした。
何とかしたくて、色々試しました。
でも、今思えば。
息子を追い詰めていたことが、たくさんありました。
「精一杯だったのに」
そう思うと、悔しくて、悲しい。
でも、同じ後悔をしてほしくないから、書きます。
これは、僕たち夫婦が後悔している5つのことです。
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- 精神科病院で作業療法士18年目
- 現在、精神科デイケアセンター長
- 息子(長男)の5年間の不登校(小1~小5)で、親である僕と妻が”どのような悩みを抱き”、”対立し”、”息子にヒドイことをしてきたか”その経過を発信
- 不登校1年目、親が陥りがちな5つのこと
- 精一杯だったけど、結果的に子どもを追い詰めていたこと
- 今だから言える「こうすればよかった」
- 同じ後悔をしてほしくない、父親からのメッセージ
必死だった1年目
息子の不登校が始まって、1年目。
僕たち夫婦は、とにかく必死でした。
「このままではいけない」
そんな焦りが、常にありました。
色々試しました。
学校との話し合い。
教育相談。
スクールカウンセラー。
本を読み漁り、ネットで情報を集め。
「これが良い」と聞けば、すぐに試しました。
でも。
今思えば、息子を追い詰めていたことが、たくさんありました。
親として、「精一杯やっていた」つもりでした。
でも、息子にとっては、どうだったのか。
これから書く5つのことは、全部「後悔」です。
当時は「息子のため」と思ってかけていた言葉。
「励まし」のつもりで言っていた言葉。
でも、今振り返ると、息子を傷つけていた言葉。
もし、少しでも参考になる部分があれば・・・
だから、正直に書きます。
後悔①:息子の目の前で、夫婦喧嘩をした
これが、一番後悔していることです。
ある朝のことでした。
朝ごはんを食べている時。
息子が言いました。
「今日大丈夫かな……嫌だ〜!」
泣いていました。
妻は、笑顔で言いました。
「私もいるから、大丈夫よ」
「休みたいの?」
妻が聞くと、息子は首を横に振りました。
僕は思いました。
(本当は行くのが辛いんじゃないか)
(少し休ませた方がいいんじゃないか)
「ちょっと休ませたら?」
僕は妻に、そう声をかけました。
そこから。
息子を差し置いて、夫婦喧嘩が始まりました。
「昨日も、教室に入った後は泣かないで、みんなと楽しそうに工作が出来てたよ」
妻が言いました。
「いや、でもこんなに嫌がってるし、息抜きもさせた方が……」
僕が言い返しました。
お互い、自分が正しいと思っていました。
でも。
息子は、そこにいたんです。
自分のことで、お父さんとお母さんが喧嘩している。
息子は、何も話さなくなりました。
膝を抱えて、丸まって。
ヒクヒクと泣いていました。
今思えば、息子はこう思っていたはずです。
小学息子「また自分のせいで・・・」
「いつもごめんね・・・」
また、自分を責めさせてしまっていました。
当人である息子の気持ちを、置き去りにしていました。
本人の目の前で、口論を始めていました。
自分が正しいと思う事を伝えたいばっかりに、
息子の心を傷つけていました。
今なら、こうする
息子の前では、息子に関することの夫婦での話し合い、ましてや口論は絶対にしません。
僕は毎日仕事に行き、妻は学校でも片時も離れず傍でずっと息子の様子を見ている。
僕は息子について、朝の調子と帰ってから妻から聞く今日の様子しか知らないのです。
僕の考えは、ただの机上の空論に過ぎません。
だから、いつも現場に付き添っている妻の判断を信じます。
息子の前では、自分の感情や気持ち、考えよりも、
息子の気持ち、考えを第一に考えます。
※しかし、その子の状態や家庭の状況によって、感じ方は違うと思います。
後悔②:「学校に行かないと、将来困るよ」と脅していた
あの朝、僕は息子に怒鳴りました。



「なんでそんなに学校に行けないんだ!」
「お前が学校に行かなかったら、俺も仕事に行けない!」
「飯も食えなくなる!」
「この先どうするんだ!」
家族の将来を、息子に背負わせていました。
でも、それだけじゃありませんでした。
息子の将来についても、こんなことを言っていました。



「学校行ってないと、なりたいお仕事に就こうと思ってもなれないよ」
「ちゃんと行けるようにならないと、この先、中学校、高校と、まだ学校生活が続くんだよ」
敢えて、危機感を持たせるような事を言っていました。
当時の僕は、こう考えていました。
「このままじゃやばい。頑張らせないと」
本人を奮い立たせるつもりでした。
でも、息子の様子を見ていると。
元気がなくなっていきました。
今思えば、わかります。
ただ息子に、将来への失望感を与えていただけでした。
希望を奪い取ることを、僕がしていました。
「脅し」でした。
励ましでも、応援でもなく。
ただの「脅し」でした。
今なら、こうする
まず不登校の時期に、将来についての話は僕からはしません。
「今」に焦点を当てます。
もし息子から将来の不安について聞いてきたら、こう伝えます。
「学校に行っても、行かなくても、息子の価値は変わらないこと」
「不登校でも社会で活躍している人たちがいること」
「今がずっと続くわけではなく、今の頑張りが将来必ずプラスになること」
希望を奪うのではなく、希望を見せてあげたい。
後悔③:他の子と比較してしまった



「○○君も行きたくないらしいけど、頑張ってるよ」
「みんな○○してるのに」
つい、そんな言葉を言ってしまっていました。
周りの子と、息子を比較していました。
息子は、どう答えていたか。
「うん……」
元気のない返事をすることが多かったです。
当時の僕は、気づいていませんでした。
息子が、どれだけ傷ついていたか。
今思えば、わかります。
息子は、僕たちから言われなくても、ただでさえ負い目を感じていたんです。



「みんなできてるのに」
「みんなと同じようにやりたい」
「普通は……」
「自分だけ特別……」
そんな思いを、ずっと抱えていました。
なのに、僕は。
傷に塩を塗るような事をしていました。
僕たちが、息子の自己肯定感を下げていました。
「頑張れよ」と励ましているつもりでした。
でも息子は、
「友達は当たり前に出来ているのに、自分は出来ていない」
「あなたは劣っている」
と言われていたのと一緒でした。
今なら、こうする
周りと比較した事は言いません。
もし息子が、周りと比較した事を話してきたら。
「自分が成長している事」に目が向けられるように話をします。
「○○君はすごいね」じゃなくて。
「あなたも、今日、頑張れているよ」と。
後悔④:「明日は行けるよね?」とプレッシャーをかけ続けた



「じゃあ、明日は行けるかもしれないね」
「明日は大丈夫かもしれないし」
「明日はチャレンジしてみたら?」
学校のことを話したら、最後の締めの言葉は、必ずこれでした。
当時の僕は、こう考えていました。
話した内容を、明日に繋げることが大切だと。
「明日への希望」を持たせることが、親の役割だと。
でも、今思えば。
親からの「期待」。
親からの「応援」。
親との「約束」。
息子からしたら、毎回すごいプレッシャーだっただろうと思います。
「明日は行けるかも」と言われるたびに。



「また、期待に応えなきゃいけない」
「また、頑張らなきゃいけない」
そう思っていたはずです。
そして、翌朝。
また行けなかった時。



「パパとママをがっかりさせてしまった」
「また期待を裏切ってしまった」
そう思っていたかもしれません。
僕は、毎日、息子にプレッシャーをかけ続けていました。
今なら、こうする
その時の話の内容に留めます。
明日など、先の話はしません。
今の気持ちや、今日やったことの話に焦点を当てます。
「今日は、こんなことがあったんだね」
「今日は、こう感じたんだね」
それだけで、いいんだと思います。
後悔⑤:「何で行けないの?」と理由を探し続けた
特に、不登校になって初めの頃。
僕は、理由を見つけるのに必死でした。



「何で行けないの?」
「何があったの?」
「いじめられたりしたの?」
「先生が嫌なの?」
息子が「行きたくない」と言うたびに、その都度聞いていました。
当時の僕の考えは、こうでした。
原因がわかれば、それの対処をすれば、問題が解決する。
だから、理由を探さなきゃ。
精神科のOTとして、「アセスメント」が染み付いていました。
問題を分析して、原因を特定して、対処する。
それが、僕の仕事のやり方でした。
でも、息子は。
説明できるはずもありませんでした。



「わからない……」
そう答えたり。



「先生から怒られる」
「算数が嫌だ」
何らかの理由をつけていました。
でも、その話をしていても。
息子が、スッキリとした表情をすることは、ありませんでした。
むしろ、どんどん辛そうになっていきました。
今思えば、わかります。
質問攻めをして、息子は辛かっただろうと。
息子自身も、行けない理由はコレだと明確にはわからなかっただろうと。
いや、わからないからこそ、苦しかったんだと思います。
それなのに、僕は。
「理由を言わせよう」としていました。
「説明させよう」としていました。
息子を、さらに追い詰めていました。
今なら、こうする
行きたくない、辛いという息子の「気持ち」に、まずは共感します。
「辛いんだね」
「行きたくないんだね」
それだけで、いいんだと思います。
理由は、無理に聞き出しません。
もし、息子が話したくなったら。
その時に、聞けばいい。
無理に引き出すものじゃない。
そう、今なら思います。
全部、後悔している


息子の目の前で、夫婦喧嘩。
将来を脅す言葉。
他の子との比較。
「明日は?」というプレッシャー。
「何で?」という質問攻め。
どれも、精一杯だったんです。
息子のためを思って、やっていたんです。
でも。
結果的に、息子を追い詰めていました。
今、同じ状況にいる親御さんへ。
もし、僕と同じことをしてしまっていたら。
気づいた時から、変われます。
僕も、変わりました。
時間はかかりましたが。
完璧には変われなかったけど。
でも、少しずつ、変わることができました。
- 子どもの「今」に寄り添うこと
- 「理由」じゃなく、「気持ち」に寄り添うこと
- 「明日」じゃなく、「今日」を大切にすること。
- 「周り」じゃなく、「目の前の子ども」を見ること。
それが、大切なんだと思います。
後悔は、たくさんあります。
でも、後悔があったから、気づけました。
変わろうと、思えました。
だから、あの時の自分たちを、今の自分が責めすぎないようにもしています。
まとめ
不登校1年目。
僕たち夫婦は、必死でした。
でも、必死だったからこそ、息子を追い詰めていました。
目の前で夫婦喧嘩。
将来を脅す言葉。
他の子との比較。
「明日は?」というプレッシャー。
「何で?」という質問攻め。
全部、後悔しています。
でも、気づけてよかった。
変われてよかった。
今、息子は中学2年生。
毎日、元気に学校に通っています。
あの時の後悔があったから、今があります。
※もちろん、これらをやめたから学校に通えるようになった、という単純な話ではありません。回復のタイミングや形は、子どもによって本当にさまざまだと思っています。
次回は、不登校5年間で息子が教えてくれた『人が変わるのには時間がかかる』ということについて書きます。
※この記事は、一つの家族の体験談です。医療的な助言や指導ではありません。お子さんの状況に応じて、必要な場合は専門機関(スクールカウンセラー、教育相談、医療機関など)にご相談ください。
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