玄関先で、息子の手足が震えていました。
ガタガタと、まるで何かに怯えているように。
車で送る日々が続いて、約1週間。
息子は、玄関から一歩も出られなくなっていました。
「行きたくない!!」と泣きわめきながら、体を震わせている息子。
僕は、その姿を見て凍りつきました。
「これは、普通じゃない」
毎朝、腹痛を訴える。
気持ち悪いと言う。
そして、手足が震える。
でも、息子は「学校に行かなきゃ」とランドセルを背負っていました。
僕たちも、「学校に行かせなきゃ」と思っていました。
でも、震える息子の姿を見て、僕たちは気づくべきでした。
息子は、もう限界だったんです。
この記事では、玄関先で震える息子を見た時のこと、そして「それでも行かせようとしていた」僕たちの葛藤について書きます。
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- 精神科病院で作業療法士18年目
- 現在、精神科デイケアセンター長
- 息子(長男)の5年間の不登校(小1~小5)で、親である僕と妻が”どのような悩みを抱き”、”対立し”、”息子にヒドイことをしてきたか”その経過を発信
- 車送迎から1週間後、玄関から出られなくなった息子の様子
- 「怯えているように手足が震える」姿を見た親の恐怖と混乱
- 腹痛・気分の悪さを訴える息子への対応と葛藤
- 「学校に行かなきゃ」と準備する息子の責任感と苦しみ
- それでも学校に行かせようとしていた当時の判断
車送迎から1週間後、玄関先で固まるようになった息子
車で学校まで送る日々が続いていました。
毎朝、泣きながらも車に乗って、学校へ。
学校に着くと、先生が車まで迎えに来てくれて、半ば強引に教室へ。
その繰り返しでした。
でも、約1週間後。
状況は、さらに悪化しました。
息子は、玄関から一歩も出られなくなったんです。
朝、僕か妻が「学校行くよ」と声をかけます。
息子は、いつものようにランドセルを背負います。
玄関に立ちます。
でも、そこから動けない。
ドアノブに手をかけても、開けられない。
時間だけが過ぎていきます。
最初の数日は、時間をかければ何とか玄関を出られました。
でも、日を追うごとに、玄関から出るまでの時間は長くなっていきました。
そして、玄関先での息子の様子も変わっていきました。
ただ動けないだけではなくなったんです。
「怯えているように手足が震える」息子を見た朝

ある朝のこと。
玄関先で、息子が泣きわめいていました。
小学息子「行きたくない!」
「怖い!」
大声で叫びながら、立ち尽くしていました。
僕は、声をかけます。



「大丈夫だよ」
「ゆっくりでいいから」
でも、息子の様子が、明らかにおかしかった。
呼吸が、荒くなっていました。
「ハッ、ハッ、ハッ」
浅く、速い呼吸。
パニックのような状態でした。
そして、僕は気づきました。
息子の手が、震えていることに。
ガタガタと、細かく震えている。



「寒いの?」
僕が聞きましたが、息子は答えません。
ただ、震えながら泣いているだけ。
よく見ると、手だけではありませんでした。
足も震えている。
肩も震えている。
全身が、小刻みに震えていました。
まるで、何かに怯えているように。
恐怖に支配されているように。



「何が怖いの?」
僕が聞くと、息子は「わかんない」と答えました。



「学校が怖い?」



「わかんない」



「先生が怖い?」



「わかんない」
息子自身も、何が怖いのかわからない。
ただ、「怖い」という感情に支配されている。
それが、体の震えとなって現れていました。



これは、普通じゃない
僕は思いました。
今まで見てきた息子の「行き渋り」とは、明らかに違う。
保育園の時も、泣いて嫌がることはありました。
でも、体が震えるなんてことはありませんでした。
車で送るようになってからも、泣きはするけど、震えてはいませんでした。
でも今、目の前にいる息子は、怯えているように震えている。
パニックを起こしているかのように、呼吸が荒く、全身が震えている。
この震えを見た時、僕は本当に怖くなりました。
「この子は、壊れてしまうんじゃないか」
そう思いました。
僕は、初めて息子の異変を「目に見える形」で認識しました。
心の問題が、体に現れていたんです。
「お腹が痛い」「気持ち悪い」身体症状を訴える息子
手足の震えだけではありませんでした。
この頃から、息子は毎朝、身体の不調を訴えるようになりました。



「お腹が痛い」
「気持ち悪い」
そう言って、玄関先でうずくまることもありました。
最初、僕は正直、疑っていました。



もしかして、仮病じゃないのか
学校に行きたくないから、そう言ってるんじゃないのか
そう思ってしまったんです。



「本当にお腹痛いの?」
僕が聞くと、息子は頷きます。



「どこが痛いの?」



「お腹全部……」
具体的に答えられない息子を見て、僕は半信半疑でした。
でも、息子の顔色を見ると、本当に辛そうでした。
青白い顔。
冷や汗をかいている。
トイレに駆け込むこともありました。
これは、仮病なんかじゃない。
本当に体調が悪いんだ。
僕は、そう理解しました。
「気持ち悪い」と訴える日もありました。



「吐きそう…」
そう言って、洗面所に行く息子。
実際に吐くことはありませんでしたが、何度もえずいていました。



「心因性の症状だと思う」
と妻は言いました。
看護師として、そういう症状を見てきた経験があるようでした。



「心の問題が、体に出てるんだよ」
精神科デイケアでも、同じような症状を訴える方がいました。
朝になると、頭が痛くて動けない
体が重くて、起き上がれない
精神的な負担が、身体症状として現れる。
それは、決して珍しいことではありません。
でも、我が子にそれが起きているのを見るのは、別でした。
「こんなに追い詰められているのか」
そう思うと、胸が締め付けられました。
毎朝、息子は言いました。



「お腹痛い」
「気持ち悪い」
その言葉を聞くたびに、僕は無力感に襲われました。
何もしてあげられない。
痛みを取ってあげることもできない。
ただ、「大丈夫だよ」と声をかけることしかできませんでした。
そして、その「大丈夫だよ」という言葉も、虚しく感じました。
全然、大丈夫じゃないから。
息子の心も体も、限界を迎えていたんです。
「学校に行かなきゃ」と準備する息子の責任感が、さらに追い詰めていた


この時期、息子の行動には矛盾がありました。
体は震えている。
お腹も痛い。
気持ち悪いと訴えている。
でも、毎朝、息子は学校に行く準備をしていました。
ランドセルを背負う。
玄関に立つ。



「行かなきゃ」
そう言いながら。
息子の中には、強い責任感がありました。
「小学生は、学校に行くもの」
「みんな行ってるから、僕も行かなきゃ」
そう思い込んでいたんです。
だから、体が震えても、お腹が痛くても、準備をする。
でも、玄関から出られない。
その矛盾が、息子をさらに追い詰めていました。
- 「行かなきゃいけないのに、行けない」
- 「行きたくないのに、行かなきゃいけない」
その葛藤が、息子の心を削っていきました。
僕は、その姿を見るのが辛かったです。



「無理しなくていいよ」
そう言いたい気持ちと、



でも学校には行ってほしい
という気持ちが、僕の中でも葛藤していました。
息子がランドセルを背負って玄関に立つ姿を見ると、僕は期待してしまうんです。
「今日は行けるかもしれない」
でも、玄関から動けない息子を見ると、その期待は崩れていきます。
そして、またイライラが湧いてくる。



準備できてるなら、行けるんじゃないのか
そんな思いが、頭をよぎることもありました。
でも、違ったんです。
息子は、「行かなきゃ」という責任感だけで準備をしていました。
体は、拒否していました。
心も、悲鳴を上げていました。
それでも、「行かなきゃ」という思いが、息子を動かしていました。
その責任感が、息子をどれだけ苦しめていたか。
当時の僕は、理解できていませんでした。
でも今思えば、あの責任感こそが、息子を追い詰める大きな要因だったんです。
「行けない自分」を、息子は責めていました。
「行かなきゃいけないのに、行けない自分はダメなんだ」
そう思い込んでいたんです。
そして、それは僕たち親が作り出したものでもありました。



「みんな行ってるのに」



「学校に行くのが当たり前」
そんな言葉を、僕たちは何度も言っていました。
その言葉が、息子の中に「行かなきゃ」という責任感を植え付けていたんです。
それでも「学校に行かせなきゃ」と思っていた僕たち
息子が震えている。
お腹が痛いと訴えている。
玄関から動けない。
そんな状況を、毎朝見ていました。
でも、僕たちは思っていました。
「それでも、学校に行かせなきゃ」
なぜ、そう思っていたのか。
それは、恐怖があったからです。
- このまま休ませたら、もっと行けなくなる
- 一度休んだら、二度と学校に行けなくなるんじゃないか
そんな恐怖が、僕たちを支配していました。
だから、何とか学校に行かせようとしていました。
玄関で震えている息子に、声をかけ続けます。



「大丈夫だよ」



「車で送るから」



「先生も待ってるよ」
時間をかけて、何とか玄関から出す。
車まで連れて行く。
そして、学校へ。
その繰り返しでした。
でも、日を追うごとに、その時間は長くなっていきました。
その間、息子は震え続けています。
泣き続けています。
「行きたくない」と訴え続けています。
それでも、僕たちは諦められませんでした。
「学校に行かせなきゃ」
その思いだけで、息子を説得し続けていました。
息子の限界が、見えていたはずです。
震える手足。
青白い顔。
「行きたくない」という叫び。
全てが、「もう無理だ」というサインでした。
でも、僕たちは認めたくなかった。
「まだ大丈夫」
「先生も『学校では大丈夫』って言ってるし」
そう自分に言い聞かせていました。
心のどこかで、「これはおかしい」と感じていました。



こんなに苦しんでいる息子を、無理やり学校に行かせるのは間違ってるんじゃないか?
そう思うこともありました。
でも、止まれませんでした。
止まってしまったあと、どうすればいいのかわからなかったから。
「学校に行かせる」以外の選択肢が、僕たちには見えていませんでした。
だから、息子が震えていても、泣いていても、学校に行かせようとしていました。
妻も、同じでした。
妻は毎朝、息子と車で登校する日々を続けていました。



「今日も行けたね」
そう言いながら、妻も涙を流していました。
「これで良いのか」という疑問を、僕たちは共有していました。
でも、答えは出ませんでした。
ただ、「学校に行かせなきゃ」という思いだけが、僕たちを動かしていました。
今思えば、あの時、僕たちは完全に間違っていました。
息子の限界を見ようとせず、自分たちの恐怖だけで動いていました。
そして、その結果。
僕は、壁に物を投げつけてしまう日を迎えます。
まとめ:息子の震える姿が教えてくれたこと


玄関先で震える息子。
「ハッ、ハッ、ハッ」と荒い呼吸。
ガタガタと震える手足。
「お腹が痛い」「気持ち悪い」という訴え。
それでも、「行かなきゃ」とランドセルを背負う息子。
あの時、息子は限界でした。
心も体も、悲鳴を上げていました。
でも、僕たちは認めませんでした。



「学校に行かせなきゃ」
その思いだけで、息子を学校に行かせ続けていました。
今思えば、あれは完全に間違っていました。
息子の震える姿は、「もう無理だ」というサインでした。
でも、僕たちはそのサインを無視していました。
自分たちの恐怖—「このまま休ませたら、もっと行けなくなる」という恐怖だけで、判断していました。
息子の「行かなきゃ」という責任感も、僕たちが作り出したものでした。
「みんな行ってるのに」
「学校に行くのが当たり前」
そんな言葉を繰り返した結果、息子は「行けない自分はダメなんだ」と思い込んでいました。
その責任感が、息子をさらに追い詰めていたんです。
この記事を読んでくださっている方の中には、お子さんが同じように震えている方もいるかもしれません。
身体症状を訴えている方もいるかもしれません。
もし、そうなら。
それは、お子さんからの「何かが限界に近づいている」というサインかもしれません。
僕たちのように、そのサインを無視しないでください。
「学校に行かせなきゃ」という思いは、親なら誰もが持つものです。
でも、それよりも大切なのは、お子さんの心と体です。
震える姿を見て、「これは普通じゃない」と感じたら。
その直感を、信じてください。
僕たちは、その直感を無視し続けました。
そして、その結果。
ある朝、僕は感情を爆発させてしまいます。
仕事に遅刻しそうになり、玄関から動けない息子にイライラが募り、壁に物を投げつけてしまったんです。
息子は、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と謝り続けました。
あの日のことは、今でも忘れられません。
僕が、最低の父親だった日。以前の記事で書いていますので、是非読んでみてください。


※この記事は、一つの家族の体験談です。医療的な助言や指導ではありません。お子さんの状況に応じて、必要な場合は専門機関(スクールカウンセラー、教育相談、医療機関など)にご相談ください。


【次回予告】
このような日々が続き、妻は、息子と一緒に学校に参加する決断をしました。
教室に入るまで2時間。
妻が息子と一緒に、一歩ずつ、ゆっくりと校舎に向かう日々。
そして、教室で一緒に授業を受け、一緒に給食を食べる。
妻は、2週間後には息子のクラスメイトから「先生」と呼ばれるまでになりました。
次回は、息子と一緒に学校で過ごす、妻の毎日について書きます。
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