小学1年の春:期待と不安で迎えた入学式

小学1年の春。期待と不安で迎えた入学式

保育園の卒園式を終えて、春休み。

僕たち夫婦は、不安と期待が入り混じった気持ちで、息子の小学校入学を待っていました。

年長の1年間、毎朝泣いて車から降りられなかった息子。

「いいかげんにしろ!」と怒鳴ってしまった朝。

先生に引き渡して、後ろ髪を引かれながら仕事に向かった日々。

あの辛さから、やっと解放されるかもしれない。

「小学校では変わるかもしれない」

僕も妻も、そんな淡い期待を抱いていました。

でも同時に、大きな不安もありました。

「また同じことになったらどうしよう」

「小学校でも泣いて行けなくなったら」

「今度こそ、本格的な不登校になってしまうかも」

期待と不安。その間で揺れながら、僕たちは入学式の日を迎えました。

保育園時の様子はこちらの記事に書いています
精神科OTパパについて
精神科OTパパの人のアイコン
  • 精神科病院で作業療法士18年目
  • 現在、精神科デイケアセンター長
  • 息子(長男)の5年間の不登校(小1~小5)で、親である僕と妻が”どのような悩みを抱き”、”対立し”、”息子にヒドイことをしてきたか”その経過を発信
この記事でわかること
  • 保育園での行き渋りを経て迎えた小学校入学への期待と不安
  • 同じ保育園から一緒の友達が1人だけという環境での新生活のスタート
  • 「小学生は歩いて学校に行く」という息子の思いと、順調に見えた登校
  • 入学と同時に始まった児童クラブへの弱音と、それを軽視した親の判断
  • 表面上は「順調」に見えた春が、実は息子の頑張りだった可能性
目次

保育園の行き渋りから、小学校入学へ

保育園の卒園式。

息子は、卒園証書を受け取る時、少し緊張した顔をしていました。

あの毎朝泣いていた保育園を、今日で卒園する。

式の間、僕は涙を流しながらビデオを回しました。

妻も、隣で号泣しながら止まらない涙をハンカチで拭っていました。

年長の1年間は、本当に辛かった。

でも保育園では息子のさまざまな成長をみることができました。

毎朝、泣いて車から降りられない息子。

無理やり降ろして、先生に引き渡す。

後ろ髪を引かれながら、仕事に向かう。

この、息子も僕たちも辛かった日々も、今日で終わるのか…。と感慨深かった。

卒園式が終わって、春休みに入りました。

入学式まで約2週間。

僕たち夫婦は、何度も話し合いました。

看護師ママ

「小学校では変わるかもしれないね」

精神科OTパパ

「新しい環境で、気持ちも切り替わるかも」

看護師ママ

「ランドセル買いに行った時、嬉しそうだったし」

期待を口にしながらも、心の奥底では不安でいっぱいでした。

精神科OTパパ

また泣いて行けなくなったら…
集団登校、できるのかな…
小学校は保育園より厳しいから、余計に行けなくなるかも…

期待と不安が、ぐるぐると頭の中を回っていました。

でも、息子の前では明るく振る舞いました。

看護師ママ

「小学生になるの、楽しみだね」

精神科OTパパ

「新しい友達、たくさんできるよ」

息子は、笑顔で頷いていました。

でもその笑顔の中には、やっぱり不安が見えていました。

入学式の朝、息子の表情

入学式

入学式の朝。

息子は、新しいランドセルを背負って、鏡の前に立っていました。

入学式用のスーツ。

ピカピカのランドセル。

精神科OTパパ

「似合ってるよ」

僕が声をかけると、息子は照れくさそうに笑いました。

でも、その笑顔はすぐに消えて、少し硬い表情になりました。

看護師ママ

「緊張する?」

妻が聞くと、息子は小さく頷きました。

精神科OTパパ

「大丈夫だよ。パパもママも一緒に行くから」

そう言って、僕は息子の頭を撫でました。

車で小学校に向かう途中、息子はずっと窓の外を見ていました。

何を考えているんだろう。

不安なのか。楽しみなのか。

多分、両方なんだろうな。

小学校に着くと、たくさんの親子が校門に向かっていました。

新しいランドセルを背負った子どもたち。

その隣を歩く、嬉しそうな、でもどこか心配そうな親たち。

僕たちも、その中の一組でした。

入学式の会場に入ると、息子は周りをキョロキョロと見回していました。

小学息子

「〇〇くん、いるかな」

保育園から一緒の友達を探しているようでした。

式が始まり、校長先生のお話、担任の紹介。

息子は、少し緊張した顔で座っていました。

僕と妻は、保護者席から息子を見ていました。

精神科OTパパ

この子、小学生になったんだな
ここから6年間、どんな日々が待っているんだろう

期待と不安が、また胸の中でぐるぐると回り始めました。

同じ保育園から小学校に行く友達は1人だけ

入学式が終わって、息子のクラスが発表されました。

1年〇組。担任の先生の名前。そして、クラスメイトの名前。

僕と妻は、名簿を見ながら確認しました。

看護師ママ

「〇〇くん、同じクラスだ。良かったね」

息子が通っていた保育園から、同じ小学校に進学する子は、〇〇くん1人だけでした。

周りを見渡すと、同じ保育園や幼稚園から何人も一緒に進学している子たちがたくさんいました。

すでに知っている友達同士で、楽しそうに話している。

息子は初めて会う子たちばかり。

息子は、少し不安そうに、周りを見回していました。

精神科OTパパ

「大丈夫だよ。新しい友達、すぐにできるから」

僕が声をかけると、息子は小さく頷きました。

正直、僕も妻も心配でした。

保育園の時から、息子は親と離れることに強い不安を持っていた。

新しい環境、知らない子たちばかり。

精神科OTパパ

友達できるかな
一人ぼっちになったらどうしよう
また行き渋りが始まるんじゃないか

そんな不安が、頭をよぎりました。

でも、その心配は杞憂でした。

入学して数日後、息子は帰宅すると、嬉しそうに話してくれました。

小学息子

「今日、〇〇くんと〇〇くんと遊んだよ」
「給食の時、〇〇ちゃんと隣だった」

新しい友達の名前が、どんどん出てくるようになりました。

保育園からの友達は〇〇くん1人だけでしたが、息子はすぐに新しい友達を作っていったんです。

精神科OTパパ

「良かったね。友達いっぱいできたんだね」

僕が言うと、息子は笑顔で頷きました。

僕も妻も、ホッと胸を撫で下ろしました。

少なくとも、「友達ができない」という心配は要らなかった。

「小学生は歩いて学校に行く」という息子の思い

小学校は、集団登校でした。

近所の子どもたちが、決められた集合場所に集まって、一緒に学校まで歩いていきます。

入学式の翌日から、登校が始まりました。

朝、息子を集合場所まで連れて行きます。

すでに何人かの子どもたちが集まっていました。

上級生のお兄さん、お姉さんもいます。

精神科OTパパ

「じゃあ、行ってらっしゃい」

僕が声をかけると、息子は少し不安そうな顔をしました。

でも、「うん」と小さく返事をして、集団登校の列に加わりました。

振り返って、僕を見る息子。

手を振ると、息子も小さく手を振り返してくれました。

そして、みんなと一緒に、学校に向かって歩いていきました。

その小さな背中を見ながら、僕は思いました。

精神科OTパパ

頑張ってるな

保育園の時は、車から降りられなかった。

泣いて、先生に引き渡していた。

でも今は、親と離れて、自分で歩いて学校に行っている。

一度、息子に聞いたことがあります。

精神科OTパパ

「集団登校、不安じゃない?」

息子は、こう答えました。

小学息子

「小学生は歩いて学校に行くんだよ」
「友達も歩いて行ってるから、僕も歩いていかなきゃって思った」

その言葉を聞いて、胸が熱くなりました。

息子は、不安だったはずです。

でも、「小学生だから」「みんながそうしているから」という思いで、頑張っていたんです。

毎朝、集合場所まで送っていくと、息子は不安そうな顔をしながらも、「行ってきます」と言って集団登校の列に加わっていきました。

そして、遅刻することなく、毎日登校していました。

僕も妻も、「やっぱり小学校では変わったんだ」と思い始めていました。

最初は順調に見えた登校

登校

入学から数週間。

息子の登校は、驚くほど順調でした。

毎朝、集合場所まで送っていくと、息子は集団登校の列に加わって、学校に向かう。

保育園の時のように、泣くこともない。

車から降りられないこともない。

遅刻することもなく、毎日ちゃんと登校していました。

看護師ママ

「本当に変わったね」

妻と、何度もそう話しました。

あの保育園の時の辛さは何だったんだろう。

小学校に入って、息子は変わったんだ。

成長したんだ。

そう信じたかったし、実際にそう見えていました。

担任の先生からも、特に問題があるという連絡はありませんでした。

「学校では元気に過ごしていますよ」

「お友達とも仲良くやっています」

先生の言葉に、僕たちは安心していました。

息子自身も、「友達も歩いて行ってるから、僕も歩いていかなきゃ」という思いを持っていました。

小学生になった自覚。

みんなと同じようにしなければ、という思い。

その気持ちが、息子を支えていたんだと思います。

でも今振り返ると、あれは息子の「頑張り」だったのかもしれない。

不安を押し殺して、必死に「普通」を演じていたのかもしれない。

「小学生だから」「みんなと同じように」という、ある種の義務感で、自分を奮い立たせていたんだと思います。

当時の僕たちは、それに気づけませんでした。

「順調」に見える表面だけを見て、安心していました。

帰宅後は友達の話をしてくれた

学校から帰ってくると、息子は楽しそうに話してくれました。

小学息子

「今日は体育で鬼ごっこした」
「〇〇くんと給食の時に隣だった」
「算数で先生に褒められた」

毎日、学校での出来事を教えてくれる息子。

その表情は明るくて、保育園の時とは全然違って見えました。

精神科OTパパ

「学校、楽しい?」

小学息子

「うん」

看護師ママ

「良かったね。小学校は楽しいんだね」

友達の名前も、どんどん増えていきました。

保育園から一緒の〇〇くんだけでなく、新しい友達の名前が次々と出てくる。

小学息子

「〇〇くんは足が速い」
「〇〇ちゃんは絵が上手」

友達のことを、嬉しそうに話す息子。

保育園の時は、帰宅後に「楽しかった」と言っても、どこか無理をしているように見えることがありました。

でも小学校では、本当に楽しそうに見えました。

だから僕たちは、安心していたんです。

「やっぱり小学校では大丈夫なんだ」

「保育園の時の心配は、取り越し苦労だったんだ」

そう信じていました。

でも、この「楽しい」という言葉の裏側に、息子の必死の頑張りがあったことに、僕たちはまだ気づいていませんでした。

朝、不安そうな顔で集団登校に加わっていく息子。

学校では、みんなと同じように頑張る息子。

帰宅後は、パパとママを安心させるために、「楽しかった」と言う息子。

その全てが、息子なりの精一杯の頑張りだったんです。

児童クラブには行きたくなさそうだった

小学校入学と同時に、息子は児童クラブに通い始めました。

妻は看護師として、フルタイムで育休から職場復帰していました。

僕の仕事も、息子の下校時刻には間に合いません。

だから、放課後は児童クラブで過ごすことになったんです。

最初の数日は、特に何も言いませんでした。

でもしばらくすると、息子から次のような言葉が聞かれだしました。

小学息子

「児童クラブ、あんまり面白くない」
「早く帰りたい」

僕は、その言葉を軽く聞き流していました。

精神科OTパパ

「そう?でも、友達もいるでしょ?」
「そのうち慣れるよ」

学校の登校は順調だったから、児童クラブのことも「一時的なもの」だと思っていたんです。

保育園の時は、あんなに毎朝泣いていた。

でも小学校では、ちゃんと登校できている。

だから、児童クラブの「あんまり面白くない」という言葉も、大したことないと判断してしまっていました。

息子は、それ以上強く訴えることはありませんでした。

「早く帰りたい」と言いながらも、毎日児童クラブには通っていました。

僕は、それを見て「大丈夫なんだ」と思っていました。

でも今思えば、あれも息子のSOSだったのかもしれません。

小学息子

「あんまり面白くない」
「早く帰りたい」

この言葉の裏には、「本当は行きたくない」という気持ちがあったはずです。

でも、パパもママも仕事がある。だから「行きたくない」とは言えない。

だから「あんまり面白くない」という、弱めの表現で訴えていたんだと思います。

その小さなSOSを、僕は見逃していました。

「また保育園の時みたいにならないで」という僕の願い

学校への登校は順調でした。

毎朝、集合場所で不安そうな顔をしながらも、集団登校の列に加わっていく息子。

遅刻することもなく、毎日ちゃんと学校に行っている。

帰宅後は、友達の話や学校での出来事を、楽しそうに話してくれる。

表面的には、何の問題もありませんでした。

だから僕は、児童クラブの「あんまり面白くない」という言葉も、深刻に受け止めませんでした。

「そのうち慣れるだろう」

「学校は楽しく行けてるんだから、大丈夫」

そう自分に言い聞かせていました。

でも本当は、心のどこかで不安だったんです。

「また保育園の時みたいにならないで」

そう願っていました。

あの毎朝泣いて車から降りられなかった日々。

無理やり降ろして、先生に引き渡す罪悪感。

後ろ髪を引かれながら仕事に向かう辛さ。

もう二度と、あんな思いはしたくない。

だから、息子の小さな弱音を、見ないふりをしていたのかもしれません。

「大丈夫」「慣れる」「一時的なもの」

そう思い込むことで、自分を安心させていました。

息子が「児童クラブ、行きたくない」と強く訴えてこなかったことも、僕には都合が良かったんです。

「それほど深刻じゃないんだ」

「本当に嫌なら、もっと強く言うはずだ」

そうやって、息子のSOSから目を背けていました。

精神科OTパパ

「また保育園の時みたいにならないで」

この願いが、逆に息子のSOSを見逃す原因になっていたんです。

まとめ:この春の「順調」は、本当に順調だったのか

小学1年生の春。

入学から夏休み前までの数ヶ月間、息子の学校生活は順調に見えました。

保育園の時の行き渋りは何だったんだろう。

小学校に入って、息子は変わったんだ。

僕たち夫婦は、そう信じていました。

でも今振り返ると、あれは本当に「順調」だったんでしょうか。

息子は、不安を押し殺して、必死に頑張っていただけだったのかもしれません。

「小学生は歩いて学校に行く」

「友達も歩いて行ってるから、僕も歩いていかなきゃ」

そんな思いで、毎朝、不安と戦いながら集団登校に加わっていた。

学校では、「みんなと同じように過ごさなければ」と、自分を奮い立たせていた。

帰宅後は、パパとママを安心させるために、「楽しかった」と笑顔で話していた。

そして、児童クラブの「あんまり面白くない」「早く帰りたい」という弱音。

あれも、息子なりの精一杯のSOSだったのかもしれない。

でも僕は、その声を聞こうとしませんでした。

「また保育園の時みたいにならないで」という願いが、逆に息子のSOSから目を背けさせていました。

この記事を読んでくださっている方の中には、お子さんが「順調」に学校に通っているように見える方もいるかもしれません。

でも、もし今、お子さんが小さな弱音を漏らしているなら。

その声に、耳を傾けてみてもいいのかもしれません。

「順調」に見える表面の下に、お子さんの必死の頑張りが隠れているかもしれません。

僕は、息子の頑張りに気づけなかった。

そして、夏休みの児童クラブで、すべてが変わりました。

※この記事は、一つの家族の体験談です。医療的な助言や指導ではありません。お子さんの状況に応じて、必要な場合は専門機関(スクールカウンセラー、教育相談、医療機関など)にご相談ください。

【次回予告】

人生に正解なんてない

小学1年生の夏休み。

僕も妻もフルタイムで働いていたため、息子は平日のほとんどを児童クラブで過ごすことになりました。

最初は「面白くない」と言っていた息子が、徐々に泣くようになり、やがて車から降りられなくなっていきました。

夏休み終盤には、大泣きで無理やり引き渡す毎日。

妻は時々仕事に遅刻することもありました。

次回は、「全ての始まり」だった夏休みの児童クラブについて書きます。

▼次の記事
 児童クラブで泣く息子:夏休みが全ての始まりだった

▼前回の記事
 年長の毎朝:泣きながら先生に引き渡す息子と、後ろ髪引かれる僕

▼Xで繋がりませんか?
@精神科OTパパ|不登校5年の記録

▼この記録が役に立ちそうなら
ブックマークして、また読みに来てください。

小学1年の春。期待と不安で迎えた入学式

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

精神科OTパパのアバター 精神科OTパパ 精神科デイケアセンター(センター長)

精神科作業療法士18年×不登校経験者の父。息子の5年間の不登校を、看護師の妻と乗り越えました。中学生になった息子は、現在生徒会に入り活躍中。専門家でも無力だった体験を赤裸々に。同じ悩みを持つ親御さんへ。

目次