児童クラブで泣く息子:夏休みが全ての始まりだった

不登校。夏休みが全ての始まりだった

小学1年生の夏休み。

春は順調に見えた息子の学校生活。でもそれは、息子の必死の頑張りだったのかもしれません。

小学息子

「児童クラブ、あんまり面白くない」
「早く帰りたい」

春から息子が漏らしていた弱音を、僕は軽く聞き流していました。

そして迎えた夏休み。

僕も妻もフルタイムで働いていたため、息子は平日のほとんどを児童クラブで過ごすことになりました。

最初は「行きたくない」と言うだけだった息子が、徐々に泣くようになり、やがて車から降りられなくなっていきました。

夏休み終盤には、保育園の時と同じ光景が戻ってきました。

大泣きで無理やり児童クラブの先生に引き渡す毎日。

妻は時々仕事に遅刻することもありました。

あの辛かった日々が、また始まったんです。

精神科OTパパについて
精神科OTパパの人のアイコン
  • 精神科病院で作業療法士18年目
  • 現在、精神科デイケアセンター長
  • 息子(長男)の5年間の不登校(小1~小5)で、親である僕と妻が”どのような悩みを抱き”、”対立し”、”息子にヒドイことをしてきたか”その経過を発信
この記事の要点
  • 小学1年の夏休み、平日のほとんどを児童クラブで過ごすことになった息子
  • 春から言っていた「あんまり面白くない」が現実になった夏休み中盤
  • 夏休み終盤には車から降りられず、大泣きで引き渡す毎日に
  • 保育園の時と同じ光景が再び始まり、妻も限界を迎えていた様子
  • 順調に見えた春から一変し、「全ての始まり」となった夏休みの記録
目次

夏休みの児童クラブ

7月下旬、夏休みが始まりました。

僕も妻もフルタイムで働いていたため、息子は平日のほとんどを児童クラブで過ごすことになりました。

通常の学校がある日は、放課後の数時間だけ。

でも夏休みは、朝から夕方まで、まる一日を児童クラブで過ごします。

夏休みが始まる前、妻と話していました。

精神科OTパパ

「児童クラブ、大丈夫かな」

看護師ママ

「入学してすぐから『あんまり面白くない』って言ってたよね」

でも僕たちは、楽観的に考えていました。

「夏休みは長い時間いるから、逆に慣れるかも」

「友達もいるし、夏のイベントもあるし」

「学校は順調に行けてるんだから、大丈夫でしょ」

そんな甘い考えでした。

夏休み最初の週。

息子を児童クラブに送る時、少し行き渋る様子がありました。

小学息子

「行きたくない」

でも、保育園の時のように大泣きするわけではありませんでした。

だから僕たちは、「まだ慣れてないだけ」と思っていました。

主に妻が朝、息子を児童クラブに送っていました。

僕の職場は児童クラブから遠いため、送りは妻の担当でした。

妻から夜に報告を受けます。

看護師ママ

「今日も『行きたくない』って言ってたけど、何とか行けた」
「児童クラブの先生が優しく迎えてくれて助かった」

精神科OTパパ

「そっか、頑張ってるんだね」

僕はそう言いながらも、心のどこかで不安を感じ始めていました。

春から言っていた「あんまり面白くない」という言葉。

あれは、やっぱりSOSだったんじゃないか。

でも、その不安を口にすることはありませんでした。

夏休み中盤、徐々に泣くことが増えていった

泣いている小学男児

夏休みが始まって2週間ほど経った頃。

妻の表情が、日に日に曇っていくのがわかりました。

看護師ママ

「今日も泣いてた」
「車から降りるのに、すごく時間がかかった」

夜、僕が仕事から帰ると、妻は疲れた顔でそう報告してくれました。

最初は「行きたくない」と言うだけだった息子が、徐々に泣くようになっていったんです。

朝、児童クラブに着くと、車の中で泣き始める。

小学息子

「行きたくない!」
「帰りたい!」

妻が何度も声をかけて、何とか車から降りて、児童クラブに入っていく。

でも、その時間がどんどん長くなっていきました。

看護師ママ

「今日は30分くらいかかった」
「仕事にギリギリ間に合った」

妻の言葉から、焦りと疲労が伝わってきました。

僕は通勤時間の都合で朝の送りができなかったため、妻に任せきりでした。

精神科OTパパ

「大変だね。ごめんね」

そう言うことしかできない自分が、情けなかったです。

8月中旬頃には、息子は毎朝泣くようになっていました。

妻から聞いた話では、児童クラブの先生も心配してくれていたそうです。

「お母さん、無理させなくても大丈夫ですよ」

「お休みしてもいいんですよ」

でも、妻も僕も仕事を休むわけにはいきませんでした。

精神科OTパパ

「夏休みが終われば、また学校が始まる」
「それまで何とか乗り切ろう」

そう話し合いました。

でも、状況はさらに悪化していきました。

夏休み終盤、車から降りられなくなった

車内で泣いている小学男児

8月も終盤に入った頃。

状況は、最悪の事態になっていました。

妻からの報告が、日に日に深刻になっていきました。

看護師ママ

「今日、車から降りられなかった」
「泣きわめいて、どうしても降りないって」

夏休み終盤、息子は児童クラブに着いても、車から降りられなくなっていたんです。

保育園の年長の時と、まったく同じ状況でした。

車の中で大泣きする息子。

小学息子

「行きたくない!」
「帰りたい!」

妻が何を言っても、首を横に振る。

時計を見ると、仕事に遅刻する時間が迫っています。

看護師ママ

「お願いだから、降りて!」

妻の声も、だんだん切羽詰まっていきます。

でも、息子は動かない。

最後には、無理やり息子を抱きかかえて車から降ろし、大泣きで暴れる息子を引っ張って、児童クラブの先生に引き渡す。

妻は、何度も仕事に遅刻しそうになりました。

実際に遅刻してしまった日もあったそうです。

職場に連絡して、遅れることを伝える。

看護師ママ

「すみません、子どもの準備に時間がかかって…」

本当のことは言えませんでした。

「児童クラブに行けなくて」なんて、理解してもらえるかわからなかったから。

ある日、僕の仕事が午前中休みの時に、妻と一緒に息子を児童クラブに送りました。

その光景を、初めて自分の目で見ました。

車から降りられず、大泣きする息子。

小学息子

「行きたくない~!」

叫びながら、座席にしがみつく。

看護師ママ

「お願い、降りよう?」

でも息子は、首を横に振り続ける。

僕も声をかけました。

精神科OTパパ

「大丈夫だよ。パパも一緒に行こう」

でも、息子は聞く耳を持ちませんでした。

結局、僕が無理やり息子を抱きかかえて、車から降ろしました。

泣き叫ぶ息子を、児童クラブの入り口まで連れて行く。

先生が優しく迎えてくれました。

「大丈夫ですよ。いってらっしゃい」

息子は先生に手を引かれながら、振り返って僕たちを見ています。

涙でぐしゃぐしゃの顔。

助けを求める目。

その光景を見て、僕は思いました。

精神科OTパパ

保育園の時と、まったく同じだ

保育園の時と同じ光景が、また始まった

あの辛かった保育園の年長の時と、まったく同じでした。

泣いて車から降りられない息子。

無理やり降ろして、先生に引き渡す。

後ろ髪を引かれながら、仕事に向かう。

「やっと終わった」と思っていたあの日々が、また戻ってきたんです。

夜、仕事から帰ると、妻は疲れ切った表情で座っていました。

看護師ママ

「いつもあんな感じ・・・」
「どうしたらいいのかな・・・」

妻の声は、もう涙声になっていました。

精神科OTパパ

「ごめんね。朝、代われなくて」

僕がそう言うと、妻は首を横に振りました。

看護師ママ

「いいの。仕方ないから」

でも、その言葉の裏に、限界が近づいているのが見えました。

妻は看護師として、フルタイムで働いています。

朝、息子を児童クラブに送ってから、すぐに病院に向かう。

でも息子が車から降りられないと、その時間が大幅にずれ込む。

職場に迷惑をかけてしまう。

看護師ママ

「もう限界かもしれない・・・」

妻がポツリと言いました。

僕も、どうすればいいのかわかりませんでした。

仕事を休むわけにはいかない。

でも、息子を無理やり児童クラブに行かせ続けるのも限界がきている。

「夏休みが終われば、学校が始まる」

「2学期からは大丈夫かもしれない」

そんな希望を、僕たちは必死に抱いていました。

でも同時に、不安もありました。

「2学期からも、同じことになるんじゃないか」

「今度は学校にも行けなくなるんじゃないか」

その不安は、的中することになります。

まとめ:夏休みが「全ての始まり」だった

今振り返ると、この夏休みが「全ての始まり」でした。

小学1年生の春。

息子の登校は順調に見えていました。

毎朝、集団登校で学校に行く。

遅刻することもない。

帰宅後は友達の話をしてくれる。

「小学校に入って、息子は変わったんだ」

僕たちは、そう信じていました。

でも、春から息子が言っていた「児童クラブ、あんまり面白くない」「早く帰りたい」という言葉。

あれは、今思えば小さなSOSだったのかもしれません。

僕はその声を聞かず、「そのうち慣れる」と軽く考えていました。

そして迎えた夏休み。

平日のほとんどを児童クラブで過ごすことになった息子は、徐々に泣くようになり、やがて車から降りられなくなりました。

保育園の年長の時と、まったく同じ光景が戻ってきたんです。

この記事を読んでくださっている方の中には、お子さんが春は順調だったのに、夏休みで様子が変わった方もいるかもしれません。

もし今、同じような状況で悩んでいるなら。

お子さんの小さな声を、見逃さないであげてください。

「あんまり面白くない」

「早く帰りたい」

そんな弱音の裏に、「本当は行きたくない」という気持ちが隠れているかもしれません。

僕は、その声を聞けなかった。

そして夏休みで、すべてが崩れました。

夏休みが終われば、2学期が始まります。

僕たちは「学校が始まれば大丈夫」と期待していました。

でも、その期待は裏切られることになります。

※この記事は、一つの家族の体験談です。医療的な助言や指導ではありません。お子さんの状況に応じて、必要な場合は専門機関(スクールカウンセラー、教育相談、医療機関など)にご相談ください。

【次回予告】

夏休みが終わり、2学期が始まりました。

でも、息子の様子はさらに悪化していきました。

集団登校の集合場所で、バイバイができない。

みんなの前でも泣いて、親と離れられなくなりました。

途中まで一緒に歩いて、何とかバイバイできても、途中から泣きながら家に引き返してくることもありました。

やがて息子は、「歩いて行く」ことを極端に嫌がるようになり、車で学校まで送ることが当たり前になっていきました。

次回は、小学1年の秋、集団登校ができなくなった息子の姿を書きます。

▼次の記事
 小1秋:集団登校の集合場所で、息子がバイバイできなくなった朝

▼前回の記事
 小学1年の春:期待と不安で迎えた入学式

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不登校。夏休みが全ての始まりだった

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この記事を書いた人

精神科OTパパのアバター 精神科OTパパ 精神科デイケアセンター(センター長)

精神科作業療法士18年×不登校経験者の父。息子の5年間の不登校を、看護師の妻と乗り越えました。中学生になった息子は、現在生徒会に入り活躍中。専門家でも無力だった体験を赤裸々に。同じ悩みを持つ親御さんへ。

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