小1冬:妻の有給が底をつき、欠勤が始まった

小1冬。有休がない。欠勤の始まり

小学1年の秋。

妻は、正社員からパートに変更しました。

9時から13時までの勤務予定。

息子の学校への付き添いと、仕事を両立させるために。

でも、予定通りに働けることは、ほとんどありませんでした。

息子が玄関から出られない日は、仕事を休む。

車から降りられない日も、休む。

教室に入るまで2時間かかる日は、午後から出勤できるかもしれないと思っても、結局そのまま学校に残ることになる。

看護師ママ

「今日も休ませてもらってよろしいでしょうか」

そう電話をかける日が、続きました。

そして、冬を迎えた頃。

妻は、病棟師長から告げられました。

「有給休暇が、もうありません」

これからは、休むたびに欠勤扱いになる。

給料は、その分減っていく。

新たな試練が、僕たちを襲いました。

この記事では、有給が底をつき、欠勤が始まった小1の冬について書きます。

精神科OTパパについて
精神科OTパパの人のアイコン
  • 精神科病院で作業療法士18年目
  • 現在、精神科デイケアセンター長
  • 息子(長男)の5年間の不登校(小1~小5)で、親である僕と妻が”どのような悩みを抱き”、”対立し”、”息子にヒドイことをしてきたか”その経過を発信
この記事の要約
  • 正社員からパートに変更しても予定通り働けなかった現実
  • 有給休暇が底をついた時の妻の心境
  • 欠勤が始まってから感じた職場への申し訳なさ
  • 病棟師長から告げられた「有給がもうありません」という言葉
  • 職場の理解と、それでも消えない罪悪感
目次

正社員からパートへ—それでも働けなかった

9時〜13時勤務の予定が、ほとんど出勤できない現実

妻は、看護師として正社員で働いていました。

でも、息子の不登校が始まってから、仕事を続けることが難しくなりました。

毎日、息子を学校まで送る。

駐車場から教室まで、2時間かけて一緒に歩く。

教室に入ったら、妻も一緒に中に入って、授業を見守る。

そんな日々が続いていました。

正社員として継続するのは現実的ではありませんでした。

だから、妻は職場に相談しました。

看護師ママ

「息子のことで、しばらく予定通りに働けそうにありません」

職場は、理解してくれました。

そして、妻は正社員からパートに変更してもらうことになりました。

勤務時間は、9時から13時までの4時間。 

これなら、息子を学校に送って、教室に入るのを見届けてから出勤できるかもしれない。

そう思っていました。

でも、現実は違いました。

朝、息子と一緒に車で学校へ向かう。

学校の駐車場に到着。

でも、息子は車から降りられない。

10分、20分、30分。

時間だけが過ぎていきます。

ようやく車から降りても、そこからが大変でした。

駐車場から校舎まで。

一歩進んでは戻る。

また一歩進んでは立ち止まる。

校舎に着いても、教室までまた同じことの繰り返し。

気づけば、9時を過ぎている。 9時半を過ぎている。 10時を過ぎている。

看護師ママ

仕事、間に合わない…

妻は、何度もそう思いました。

教室に入った後も、妻は教室に残らなければなりませんでした。

息子は、妻がいないと教室にいられなかったからです。

結局、その日は仕事に行けない。

そんな日が、続きました。

9時から13時の勤務予定。

でも、実際に出勤できたのは、月に数回程度。

それも、予定通りの時間に出勤できることは、ほとんどありませんでした。

「今日も休ませてもらってよろしいでしょうか」と電話をかける辛さ

電話をする女性

朝、息子の様子を見て、妻は判断しなければなりませんでした。

看護師ママ

今日は、学校に行けそうか
行けたとして、何時頃教室に入れそうか
私は、仕事に行けるか

でも、朝の時点では、わかりませんでした。

息子の状態は、毎日違ったからです。

昨日は何とか教室に入れたから、今日も大丈夫だろう。

そう思っても、今日は玄関から一歩も出られない。

そんなこともありました。

看護師ママ

「すみません、今日も休ませてもらってよろしいでしょうか」

その電話を、何度かけたことか。

電話をかけるたびに、妻の心は重くなりました。

看護師ママ

また迷惑をかけてしまう
シフトを組み直してもらわなきゃいけない
私がいないと、現場が大変になる

そんな思いが、妻を苦しめました。

電話の向こうで、師長は言いました。

「大丈夫ですよ。お子さんのこと、大事にしてあげてください」

その言葉に、妻は何度も救われました。

でも、同時に、申し訳なさも増していきました。

予定が立たない日々への職場の理解

妻の職場は、本当に理解がありました。

シフトを組む師長は、妻の状況を理解してくれていました。

「来れる時に来てくれればいいから」

そう言ってくれました。

同僚の看護師たちも、妻を責めることはありませんでした。

「お子さん、大変なんだね」

「無理しないでね」

そう声をかけてくれたそうです。

でも、妻は思っていました。

看護師ママ

みんな、本当は大変なはずだ

シフトは、人数が決まっています。

妻が急に休めば、誰かがその穴を埋めなければなりません。

急な出勤要請に応えてくれる人。

残業をして対応してくれる人。

そういう人たちが、必ずいたはずです。

妻は、それを知っていました。

だから、余計に申し訳なかったのです。

看護師ママ

「迷惑をかけている」
「でも、息子を放っておけない」

その板挟みの中で、妻は苦しんでいました。

出勤できた日は、妻は必死で働きました。

少しでも、職場に貢献したかったからです。

でも、仕事中も、心は息子のことでいっぱいでした。

看護師ママ

今、ちゃんと教室にいるかな
泣いていないかな

そんなことばかり考えていたそうです。

「有給がもうありません」と告げられた朝

病棟師長から告げられた現実

ある日の朝、妻は病棟師長から呼ばれました。

「ちょっと、お話があるんですけど」

師長の声のトーンで、妻は察しました。

看護師ママ

ああ、これは…

師長は、優しい口調で言いました。

「有給休暇が、もうないんです」

妻は、わかっていました。

正社員の時から、ずっと有給を使って休んでいました。

パートに変更してからも、休む日が続いていました。

有給休暇には、限りがあります。

いつか、この日が来ることは、わかっていました。

でも、実際に告げられると、現実の重さが違いました。

看護師ママ

「そうですよね…すみません」

妻は、そう答えるのが精一杯でした。

師長は続けました。

「これからは、お休みする日は欠勤扱いになります」

「欠勤の分は、お給料から引かれることになりますが…」

「それでも、無理はしないでくださいね」

師長の言葉は、優しかった。

責めるような口調は、一切ありませんでした。

でも、妻の心には、重い現実が突き刺さりました。

これからは欠勤扱いになるという事実

有給休暇がある間は、休んでも給料は出ていました。

でも、これからは違います。

休めば、その分給料が減る。

妻のパート勤務は、時給制でした。

働いた時間分だけ、給料が支払われます。

9時から13時まで、週5日働く予定。

でも、実際に出勤できるのは、月に数回程度。

これまでは、有給休暇があったから、給料はある程度保証されていました。

でも、これからは違う。

出勤できなければ、その分収入はゼロ。

妻は、帰宅してから僕に報告しました。

看護師ママ

「有給、もうないって」
「これからは、休んだら給料出ないって」

妻の声は、震えていました。

僕も、わかっていました。

いつか、この日が来ることは。

でも、やっぱり現実になると、重かった。

精神科OTパパ

「…そうか」

それしか、言えませんでした。

妻が抱えた「申し訳なさ」と「不安」

妻は、二つの感情に押しつぶされそうでした。

一つは、職場への「申し訳なさ」

有給が尽きるまで休み続けた。

これからも、休まなければならない日が続く。

シフトを組む師長や、現場で働く同僚たちに、迷惑をかけ続けている。

看護師ママ

「私、本当に申し訳ないことをしている…」

妻は、何度もそう言っていました。

もう一つは、家計への「不安」

これからは、休めば収入がゼロになる。

月に数回しか出勤できなければ、給料はほとんど出ない。

看護師ママ

「このままじゃ、生活できなくなるんじゃないか」

その不安が、妻を襲いました。

僕の給料だけで、家族4人が生活していく。

子供たちの学用品や習い事代、住宅ローン、光熱費、食費…。

やりくりできるのか。

この先、どうなるのか。

夜、夫婦二人で話し合っているとき、妻はよく泣いていました。

看護師ママ

「ごめんね」

そう言う妻に、僕は言いました。

精神科OTパパ

「謝らないでよ」
「今は、息子のことが最優先だから」

でも、妻の不安は消えませんでした。

有給が尽きたという事実は、妻にとって、大きな心の負担になりました。

「休むことへの罪悪感」「収入への不安」

その二つが、妻を苦しめ続けました。

欠勤が続く日々—見えない職場への影響

カレンダーの画像

「いつまで迷惑をかけるんだろう」という罪悪感

欠勤が始まってから、妻の心の負担は、さらに重くなりました。

有給休暇がある時は、まだ少し気持ちが楽でした。

でも、欠勤は違います。

「本来、働かなければいけない日に、働けていない」

その事実が、妻を苦しめました。

朝、息子が学校に行けない日。

職場に電話をかけます。

看護師ママ

「すみません、今日も休ませてもらってよろしいでしょうか」

その電話をかけるたびに、妻の胸は痛みました。

「また、休む」

「また、迷惑をかける」

「いつまで、こんなことを続けるんだろう」

有給が尽きてからは、その罪悪感が、より一層強くなりました。

「ちゃんと働けてないのに、席だけは置いてもらっている」

「それなのに、何の貢献もできていない」

そんな思いに、妻は押しつぶされそうでした。

息子のことは、最優先。

それは、わかっていました。

でも、職場への申し訳なさは、日を追うごとに大きくなっていきました。

シフトを組む上司の負担を想像する妻

妻は、看護師として長く働いてきました。

だから、現場のことはよくわかっていました。

シフトを組むのは、簡単なことではありません。

夜勤、日勤、遅番。

それぞれの人数を確保しながら、スタッフの希望も聞く。

休みの日も、均等に配分する。

師長は、毎月そのシフト作成に頭を悩ませていました。

妻は、自分がその負担を増やしていることを、痛いほど理解していました。

看護師ママ

「私が急に休むと、師長はまたシフトを調整しなきゃいけない」
「誰かに、急な出勤をお願いしなきゃいけない」

その光景が、妻の頭に浮かびました。

師長が、スタッフに電話をかける姿。

「すみません、急なんですけど、今日出勤できませんか?」

その電話を受けたスタッフは、予定を変更して出勤してくれる。

家族との時間を削って、現場に来てくれる。

妻は、そのことを想像すると、胸が苦しくなりました。

看護師ママ

みんなに、迷惑をかけている

その思いが、妻を追い詰めていきました。

そして、欠勤が続けば続くほど、妻は思うようになりました。

看護師ママ

いっそ、辞めた方がいいんじゃないか

でも、辞めたら、収入は完全にゼロになる。

それも、できない。

「辞めることもできない」

「でも、ちゃんと働くこともできない」

その板挟みの中で、妻はどんどん追い詰められていきました。

それでも「お子さん優先で」と言ってくれた職場

でも、職場は、妻を責めることはありませんでした。

師長は、いつも言ってくれました。

「お子さんのこと、優先してください」

「仕事のことは、心配しないで」

同僚たちも、優しかった。

「こっちのことは心配しないで」

「今度ご飯でも食べに行こう」

その言葉に、妻は何度も救われました。

でも、同時に思いました。

看護師ママ

「みんな、本当は大変なはずなのに」
「私のせいで、負担が増えているはずなのに」

優しくしてくれる職場だからこそ、余計に申し訳なかったのです。

妻は、僕に何度も言いました。

看護師ママ

「本当に、職場には感謝しかない」
「でも、申し訳なくて、辛い」

その言葉を聞くたびに、僕も胸が痛みました。

看護師ママ

いつまで、この生活が続くんだろう

妻は、そう思いながら、毎日を過ごしていました。

終わりが見えない不安。

職場への罪悪感。

息子への心配。

それらが、妻を押しつぶそうとしていました。

【まとめ】有給が尽き、新たな不安が加わった

人生に正解なんてない

小学1年の冬。

妻の有給が、底をつきました。

それからは、休むたびに欠勤扱い。

給料は、働いた時間分しか出ない。

月に数回しか出勤できない妻の給料は、ほとんどありませんでした。

妻は、職場への申し訳なさを抱えていました。

看護師ママ

ちゃんと働けてないのに、席だけは置いてもらっている
いつまで、こんなことを続けるんだろう

その重圧が、妻を押しつぶそうとしていました。

職場は、本当に理解がありました。

師長も、同僚たちも、優しかった。

でも、優しくしてくれるからこそ、余計に申し訳なかったのです。

有給が底をついたことで、新たな不安が加わりました。

経済的な不安です。

収入が減る。 生活費をまかなえなくなる。

その現実が、僕たち夫婦を待っていました。

※この記事は、一つの家族の体験談です。医療的な助言や指導ではありません。お子さんの状況に応じて、必要な場合は専門機関(スクールカウンセラー、教育相談、医療機関など)にご相談ください。

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【次回予告】

有給が底をつき、欠勤が始まりました。

給料は、ほとんど出なくなりました。

僕の給料だけでは、家族4人の生活費をまかなえませんでした。

毎月、貯金を切り崩していく日々。

通帳の残高が、少しずつ減っていく。

精神科OTパパ

いつまで、貯金が持つんだろう

その不安が、僕たち夫婦を追い詰めていきました。

そして息子も、全部わかっていました。

小学息子

「僕のせいで、お母さん仕事行けないんだよね」

その罪悪感が、息子をさらに苦しめていました。

次回は、減っていく収入と、家計への不安について書きます。

▼次の記事
 小1冬:減っていく貯金と、家族それぞれが抱えた不安

▼前回の記事
 教室に入るまで妻が2時間付き添い、息子と一緒に学校で過ごす日々

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小1冬。有休がない。欠勤の始まり

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この記事を書いた人

精神科OTパパのアバター 精神科OTパパ 精神科デイケアセンター(センター長)

精神科作業療法士18年×不登校経験者の父。息子の5年間の不登校を、看護師の妻と乗り越えました。中学生になった息子は、現在生徒会に入り活躍中。専門家でも無力だった体験を赤裸々に。同じ悩みを持つ親御さんへ。

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